教会時論
教会時論 二〇二五年八月三十一日 (聖霊降臨後第十二主日) 「酷暑の田畑・虐殺の記憶・眠れる遺骨――いのちの尊厳を守る日本社会の責務」新着!!
はじめに 記憶を抱えて歩むということ 私たちが暮らす社会は、都合の悪い現実を忘却の彼方へ追いやろうとする傾向を持っている。酷暑に揺らぐ田畑を前にしても、気候変動の危機を自らの暮らしの問題として語る声はまだ小さい。百余年 […]
教会時論 二〇二五年八月二十四日 (聖霊降臨後第十一主日) 「不安の社会から共生の社会へ」
はじめに 不安の社会から共生の社会へ この夏、日本社会はまた新たな岐路に立たされている。外国人住民をめぐる言説がかつてないほど先鋭化し、根拠の乏しい不安が声高に叫ばれる一方で、食料をめぐる不安や資源の浪費も私たちの暮らし […]
それは戦争犯罪であり、それ以上だった――長崎への原爆投下から80年
長崎への原爆投下から80年。 あれは単なる戦争犯罪ではない。神のかたちに造られた無数の命を、冷酷に、計算ずくで焼き尽くした罪だ。しかも2度。それは、人類が神に代わり裁きを下した瞬間であり、神の主権を奪おうとする傲慢であっ […]
80年 長崎 赦しと希望の誓い
沈黙の街を焼き尽くした閃光を忘れない。被爆の地に芽吹いた赦しと祈りを見失わぬ。わたしたちは、再び誰も殺さない。神の似姿を殺す兵器を、決して許さない。赦しから始まる希望を、命をかけて守り抜く。――80年目の誓いとして。 全 […]
排外主義という霊的感染──「共生」への責任を問う参院選の後で
構造を暴く「排外主義の台頭と情報戦――誤った『敵』の創出は誰のためか」 2025年の参議院選挙は、日本社会に巣食う深い毒を浮かび上がらせた。それは単なる政治的な変化ではなく、倫理の喪失であり、信仰の視点から見れば明らかに […]
教会時論「すべてが軍需に向かうとき、失われるものは何か」
2025年6月22日 軍需産業は「資源」を吸い尽くす 税金だけではない。人材も、時間も、技術も、教育制度も、環境保護も、すべてが軍需産業のために再編されつつある。政府は防衛を口実に、国民から徴収した財政を軍需産業に投じ […]
《平和と正義のために祈り、歩む教会へ》 自由と友愛の独立カトリック教会 大主教寄稿文
※本文における教会名は、当時の正式名称に基づいて記載しています。 本教会は、2025年8月1日付をもって、自由と友愛の独立聖公会へと改称いたしました。 見過ごせない現実と、信仰からの問いかけ 今の日本を見つめると、長い […]